大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和60年(ヨ)62号 決定

債権者 東京いすゞ自動車株式会社

右代表者代表取締役 伊藤清吾

右訴訟代理人弁護士 高木新二郎

同 巻之内茂

債務者 大都機械株式会社

右代表者代表取締役 塩崎昌也

主文

一  債権者の本件仮処分申請をいずれも却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

理由

一  申請の趣旨

(主位的申請)

1  債務者の別紙物件目録記載の機械(動産)に対する占有を解いて、浦和地方裁判所執行官に保管を命ずる。

2  執行官は、その保管に係ることを公示するため、適当な方法をとらなければならない。

(予備的申請)

1  債務者の別紙物件目録記載の機械(動産)に対する占有を解いて、浦和地方裁判所執行官に保管を命ずる。

2  執行官は債務者にその使用を許さなければならない。

3  執行官は、その保管に係ることを公示するため、適当な方法をとらなければならない。

4  債務者は、この占有を他人に移転し、または、占有名義を変更してはならない。

二  疎明事実

《証拠省略》によれば、次の事実を一応認めることができる。

1  債権者は、昭和五八年一二月一六日、債務者との間で、別紙物件目録記載の機械(動産)二台(以下、本件機械という)を代金合計金一五六万円(一台当たり金七八万円)にて売り渡す旨の売買契約を締結した。

2  債権者は、昭和五九年一月一四日、債務者に対し本件機械を引き渡したが、債務者は、債権者に対し、右代金一五六万円を未だ支払わない。

3  債務者代表取締役塩崎昌也は、浦和地方裁判所に対し、債務者について商法上の会社整理開始命令の申立をなし、昭和五九年四月一二日には債務者財産の保全処分決定が、次いで同年八月二三日には会社整理開始命令が発せられた(浦和地方裁判所(ヒ)第三一号事件)。

4  債務者は、その本店所在地において本件機械を占有しており、民事執行法(以下、単に法という)一九〇条所定の差押承諾証明文書を提出しないため、本件機械について動産売買先取特権を有する債権者は、右権利に基づく動産競売の申立をすることができない状況にある。

三  当裁判所の判断

1  法一九〇条は、動産売買先取特権に基づいて目的たる動産の競売を申し立てる場合には、債権者が執行官に対し、動産を提出すること、または動産の占有者が差押承諾証明文書を提出することを要件としている。

右規定について、本件債権者は、同条が動産の提出や差押承諾証明文書の提出を要求しているのは、担保権の存在を推認させる事情を明らかにさせようとする趣旨に出たものであり、その趣旨に鑑みれば、担保権者が右要件を具備することができない場合であっても、他の方法により担保権の存在を明らかにすることができるならば、同条の要求する要件は充足されたものと解すべきであり、その具体的方法として、担保権の有無について裁判所の判断を求めることとし、第一に動産売買先取特権の確認、第二に動産売買先取特権に基づく動産引渡請求、第三に債務者の目的動産の差押を承諾する旨の意思表示を求める各本案訴訟のうち、いずれかの訴訟を選択して提起し、その勝訴判決を執行官に提出すれば良く、右勝訴判決が確定するまでの間、目的動産の散逸を防止するため、執行官保管の仮処分が必要であると主張している。

2  しかしながら、法一九〇条の立法趣旨は債権者の主張するとおりであるとしても、一般に動産売買先取特権に基づく動産競売の申立について本案訴訟の提起を要求することは、担保権の実行については債務名義を必要としていない法の原則に悖ることになるのみならず、抑も、現行法上、動産売買先取特権に基づいて、債務者に対し、目的物の譲渡禁止あるいは引渡請求権を認めることはできず、また、動産売買先取特権は、公示方法がなく、第三取得者への追及力もない権利であることからすれば、本件仮処分申請を許容することはできない。

以下、その理由を少しく述べることにする。

(一)  動産売買先取特権確認訴訟を本案訴訟とする考え方について

民事訴訟法上の仮処分は、権利を主張する者に対し、権利保護のため、簡易な方法により暫定的に一定の地位ないし権能を認める制度であり、右制度に必然的に伴う制約として、仮処分により命ぜられる処分は、債権者に本案請求以上の利益を、債務者に本案請求の履行以上の不利益を与えてはならず、被保全権利の範囲を超えることなく、その方法も必要かつ適切なものであることが要求される。

本件仮処分における被保全権利ないし争いある権利関係は、動産売買先取特権である。動産売買先取特権は、目的動産から優先弁済を受け得る権利ではあっても、実体法上、債務者に対し、目的物の引渡しや処分禁止を求める効力を有せず、しかも、本件債権者は終局的には本件機械を競売することを目的として執行官保管の仮処分を求めているのであるから、一時的、暫定的に本件機械に対する債務者の使用収益権を奪う程度のものとみることもできず、結局、本件仮処分申請を認めることは、債権者に被保全権利以上の利益を与え、仮処分として必要かつ適切な限度を超えることになるから、相当でない。

(二)  目的動産引渡請求訴訟を本案訴訟とする考え方について

実体法上、動産売買先取特権に基づいて目的物引渡請求権を認めることができないことは前述したとおりであり、このことは、いかに動産先取特権実行の必要性が高まった場合と雖も変わるところがない。従って、動産売買先取特権に基づいて目的動産引渡請求の本案訴訟を提起しても主張自体失当である。

仮に、解釈上、右引渡請求権を認めることができるとしても、債権者が目的物の引渡しを受けた後、競売の申立をしない場合、債務者は目的物の使用収益権を奪われ、甚だしい不利益を被ることになり、この点からも本件仮処分申請を許容することができない。

(三)  差押承諾の意思表示を命ずる訴訟を本案訴訟とする考え方について

現行法上、動産売買先取特権に基づいて、債務者に対し、差押承諾義務を課すべき根拠は認められず、差押承諾の意思表示を命ずる訴訟を、理由のある本案訴訟として想定することができない。

仮に、解釈上、右差押承諾義務を課すべき根拠が認められるとしても、この場合の差押承諾は競売によって目的物に対する権利を失うことについての承諾にほかならず、債務者は、(二)において述べたところと同様の不利益を被る虞れがあり、本件執行官保管の仮処分を認めることは相当でない。

3  債権者の予備的申請の趣旨についても、目的動産の使用を許すことにより債務者の被る不利益の程度は軽減されるとしても、抑も、これまで述べてきた理由により執行官保管の仮処分自体を認めることができず、また、動産売買先取特権には債務者に対し目的物の処分を禁止する効力はないのであるから、申請の趣旨4項も失当であり、結局、予備的申請も許容することができない。

4  さらに、付言するに、執行官保管の仮処分を得ることにより、法一九〇条の要件が具備されたものとして、本案判決を取得する以前に直ちに動産競売の申立をすることができるものと解するに至るときは、債務者にとって回復しがたい損害を生ずる虞れがあるのみならず、結局、疎明によって競売申立ができることになり、動産を目的とする担保権を実行するためには、担保権の存在について証明を要求している同条の趣旨にも反することになる。

5  以上のように解するときは、動産売買先取特権については、担保権者が権利実行の段階においては目的物を占有していないことが通常であることから、事実上権利行使のできない場合が多くなり、担保権としての実効性保護に欠ける面のあることは否定し難いところであるが、再三述べたとおり、動産売買先取特権は、実体法上限定された効力しか認められていないことに鑑みれば、法一九〇条(または法一九三条)所定の要件を具備した場合にのみ、実効的な価値を有する権利であると解することも、けだし已むを得ないものと言わなければならない。

四  結論

よって、本件仮処分申請は、いずれも理由がないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 山内昭善)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例